女が彼を捕まえたのは大体1週間前のことだった。遠目に見ていた狭いステージの真ん中で、赤っぽいレスポールを抱えて歌うその男が、目に留まった。
白い照明と、酷く印象に残る紺色の目と髪。
どうして赤いギターなんて弾いているのかしら。
そう思いながら、女はステージから降りて煙草を吸っていた男に銃を突きつけて、
「あたしと一緒にきて頂戴。」と言った。男は驚いた様子で、なぜか諦念を帯びた表情を浮かべながら動かなかった。女は彼を捕まえた。
「そこに座ってね。」
女は男を自分の部屋へ招いた。深夜のこと。
男は黙って2人がけの赤い革張りのソファに座る。
「はいコーヒー。あなた名前は何ていうの?」
女はトレンチコートを脱いで、薄いワンピース1枚で正面に座った。爪先から足首にかけて、少し靴の跡が赤くなっている。
「カワサキツグハタ」、と男が返事をすると、女は顔をしかめて、聞かなきゃよかったわ、と言った。最悪の響きね。
「ハタって呼ばれているでしょ。その呼び名正解だわ。あたしはタチバナミツコ」
女は白に近いブロンドの髪をゆらして立ち上がり、「ハタ」の顎に手をやり正面を向かせる。
一重の薄い目に薄い唇、細い顎、首のラインを順に見て、影の多い紺色の目は白い肌に嵌め込まれているみたいだわと思った。
「……タチバナ」
「ミツコにしてくれるかしら」
「……ミツ」
「……。なぁに?」
「何をするの。」
ハタの声は、歌っているときのそれとは別人かと思うほど違っていた。
濁りがあまりにも足りない、人間味のない声だった。
蜜は彼から手を離し、「……何がいいかしら。」と答える。
ハタはまた顔を伏せて、「何もしないんでしょう」と呟いた。ほとんど確信を得ている言い方で。
「あら。どうしてそう思うの?」
「よくあるから」
「ああ。まああなたならありえるわね」
男はため息をついて言う。「赤は嫌い」。
このソファに座らせたかったとでも言うのでしょう。「煙草を吸おうか?」
蜜は右手を唇に持ってきて、何気ない風に考えて、「そうね。いい考えだわ。」と言う。
男は慣れた手つきで煙草に火をつけた。吐き出す煙が、もしかして紺色じゃないかしら、という馬鹿な考えが蜜の頭を一瞬過ぎったけれども、彼の吐き出した煙は当たり前に普通の濁色をしている。煙は彼の紺色を透かしながらヒラリと宙に消えていって、その動きは蜜にとある考えを浮かび上がらせた。
「きれいだわ。」
「それはどうも」
「あんたはいつから紺色なの?」
蜜は座りなおした。
「ずっと前」
「これからも紺色かしら?」
「多分ね」
「……。そう」
そして今度こそきちんと考えて、口を微かに動かしながら数秒間を沈黙して、
「あなたを飼うことにするわ。」
と言った。